White Cristmas
         
          
          
金波宮の庭院を、愛しい少女の姿を探してそぞろ歩く。
雁に比べて温暖な気候の慶は、北部を除けば冬でも比較的過ごしやすい。
ほんのり暖かな冬の日差しを浴びながら歩いていると、
雲海の方から微かな歌声が聴こえてきた。
            
(陽子だ――)
愛しい女の声を聞き間違う筈がない。
尚隆は、歌声に惹かれるかのように、寒い季節でも緑鮮やかな、常緑樹の木立の奥へと足を進めた。
          
陽子は、雲海を見下ろす緩やかな丘の上に設けられた、小さな路亭に居た。
柱に凭れ膝を抱えて柵に座り、雲海を見下ろして穏やかな声で歌っている。
心配性の景麒が見たら『危ない』と眉を顰めるだろうな、と思いながらも、尚隆は陽子の歌に聞き惚れながら、木立の中に黙って佇んでいた。
          
            
解かれた紅い髪が肩をふんわりと覆い、雲海からの風に揺れる。
太陽の光を受けて煌く紅い髪と翠玉の瞳が、優しい横顔を暖かく彩っていた。
             
女性にしては低めの、澄んで良く透る声。
暖かく味のある声音が、穏やかな旋律に良く似合う――
そう思った。
            
             
やがて歌が終わり、心地よい静けさのなか心中密かに拍手を贈っていると、陽子が音の無い拍手に気づいたかのように、こちらを向いた。
「尚隆」
微笑んで立ち上がろうとした陽子を
「俺がそちらへ行こう」
と制し、ゆったりと丘を登って路亭に入ると、陽子の傍らに腰掛けた。
            
            
「いい歌だな」
「やだ、恥ずかしい。聴いてたんですか?」
頬を染めて苦笑する表情が、なんとも愛らしい。
「蓬莱の曲のようだったが」
「向こうの外国の曲なんです。今日はクリスマスだったので、何となく」
クリスマスといえば、異国の神の誕生を祝う日らしい。
歌の意味は判らないが、穏やかな善き日を慶ぶ歌なのだろうと思った。
「他のクリスマス曲は蓬莱の言葉に翻訳されてるんですが、この曲だけ、原詞のままで歌われることが多くて。私も何とか覚えてました」
照れ笑いしながら下界に目を遣ると、慈愛に満ちた王の顔になる。
「ここは晴れてますけど、下は雪だって聞いたから。雪のクリスマスを歌った歌なんです」
慶は陽子の即位以来、穏やかな気候が続いている。
かつて民を嘆かせた大雪もぱたりと絶え、途中立ち寄った堯天では、子ども達が雪遊びをする姿がそこここで見られた。
「もう一度歌ってくれるか」
「ええ〜?恥ずかしいなあ、もう」
苦笑しながら、雲海へ――雲海の下へ向けて、囁くように歌いだした。
               
   I'm dreaming of a White Christmas
   Just like the ones I used to know・・・
           
さざ波に乗って広がる暖かく澄んだ歌声は、
雲海を抜け、下界へ降り注ぐのだろう。
民を包むように優しく舞い降りる、純白の雪。
その雪を包む、女神が歌う祝福の歌。
穏やかに暖かに、降り注ぐ光――。
           
            
おそらく下界では、舞い降りて来る真綿のような雪を、民が微笑みとともに見上げているだろうと思いながら呟いた。
「慶の民は、幸せだな」
突然の尚隆の言葉に、微笑んで小首を傾げる。
「貴方も、歌いませんか?」
「俺は外つ国の言葉など判らんが」
もっともな答えを返した尚隆に、陽子は無邪気に笑った。
「簡単な歌詞だから、大丈夫です。ね?」
こう可愛らしくねだられては、嫌とは言えないものだ。
          
           
降参の意の苦笑を返し、聞き取れるようゆっくりと歌う陽子の後につけて何度か繰り返すうちに、段々耳で覚えてきた。
陽子の腕を取って、華奢な体を背後から抱き込むと紅い髪に優しく口づける。
尚隆の顔を見上げて柔らかく微笑むと、陽子がすうっと息を吸う。
陽子の歌声に寄り添うように歌いながら、尚隆もいつしか先程の陽子のように、穏やかに微笑んでいた。
             
             
   May your days be merry and bright
   And may all your Christmases be white・・・
            
            
低く良く響く二人の歌声は、
重なることで、更に深く豊かになる。
世界を包み込むかのような祝福の歌は、
柔らかく空気を震わせながら、
風に乗り、どこまでも広がっていった。
              
                
                 
『White Christmas』
(word&music by Irving Berlin)


「尚隆は絶対歌が上手い筈!そしてバリトンの美声の筈よ!」というものすごい偏見のもと、大人の男に良く似合う「ホワイトクリスマス」を歌わせてみました。実はジョン・レノンの「HappyXmas」が一番すきなんですが、去年富士見で使っちゃったし、あれって難しくて歌えないし〜。ってことでこっち。でも、この歌も大好きです!これって映画の曲だったんですか?知らなかった〜
         
         
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