海映薔薇
         
        
        
「明朝、良いものを見せてあげよう」
         
 昨夜眠りにつく前、彼は少女にそう約束した。
だから朝起きるのがとても楽しみで、休暇だというのに体内に刻まれた時計のままに、暗い中で目覚めた時も、自然と微笑みが浮かんだ。
        
ふと、隣を見ると。
どうやら同じ刻に目覚めたらしい彼が、こちらを愛しげに眺めていて。
二人の王は、おはよう、の口づけをして互いを静かに抱き締めた。
        
         
彼が身を起し、枕もとに脱ぎ捨てた夜着をするりと羽織る。
まるで壊れ物を扱うかのように少女を大切に抱き起こし、極上の肌触りの小衫を優しく着せ掛けた。少女を榻に座らせ、滑るがごとく静やかな足取りで露台に向かうと、大きな仏蘭西窓の扉を優雅に開ける。
         
        
――さあっと爽風が入り込み、細い肩を覆う紅の絹を揺らした。
           
昨夜月の光を美しく透かした羅紗が、
柔らかく翻り、海風を包み込む。
精巧な窓に縁取られた紺色の空に舞う絹は、
伝え聞く天女の羽衣のように、美しかった。
          
部屋に満ちる、潮の香。凪の波音。
魂に刻み込まれた、懐かしさ。
         
穏やかな音に誘われるかのように、少女はするりと榻を降りた。
榻に凭れて座り込む少女を、少女の元に戻った男が気遣わしげに覗き込む。
少女がにこっとあどけない笑顔を浮かべ、甘えるような無邪気な仕草で男の脚に寄り添った。安堵したように、柔らかな前髪を掻きあげて優しく額に口付けると、華奢な肩を抱き寄せる。
         
          
そのまま、二人黙って、海を眺める。
         
          
少女の国であれば、とうに朝日の昇っている時間だ。
だが、男の国では未だ、払暁の期待を孕んだ濃紺の空。
        
         
         
         
 いつしか夜空を彩っていた星々は空に溶け、淡い青に変わっていく。
陰から見守り、気づけば優しい腕で包んでくれる男そのもののように、少女にそれと気取られぬうちに、少しずつ。
水面に接する空が奥行きを増し、白に近い淡い色になり、更にほのかな橙色に染まり始めた。
空を映す海もまた、光を孕み、銀色へ刻々と色合いを変える。
海面に光が零れ、波の細やかな陰影を描きだす。
          
           
空と海とを金色に染めあげる華やかな残照とは趣を異にする、柔らかな色合い。
海面に姿を現した太陽に少女は瞠目し、息を潜めて見守った。
         
――はじめて見る、西の国の夜明け。
          
          
          
         
           
いつもは最も美しい落日が見えるという、男の私室に滞在する。
朝日を見ることのないままに、いつの間にか、空が濃紺から蒼穹へと変わっていて。だから、この国では暁は見えないのだろうと、そう思っていた。
         
けれど、
東面の臥室から見える暁は、自分の国に昇る姿と同じだった。
        
ただ、昇る刻限が違うだけで――。
         
         
         
         
           
海に昇る朝日は、やわらかく
薔薇色に染めて水面を揺らす。
彼の心に光を燈す少女のように、可憐に澄んで。
        
朝日を包む空が、ゆるやかに
橙色から淡い青へ染まっていく。
少女を包む彼の心のように、深く穏やかな色へ。
        
          
東の国と、同じ朝。
          
         
         
         
          
「――この朝日を、見せたかったのだよ」
 慈しみの滲む、優しい声がそっと告げる。
少女は微かに頷くと頬を寄せ、大きな手を引き寄せて触れるような口づけを贈った。男が、滑らかな少女の頬を優しく撫でて、穏やかに微笑む。少女が男の脚に頭を凭せ掛けると、男の手に小さな手を重ねて指を絡める。そして、柔らかく手を握りあった。
         
          
         
自室から雲海に昇る陽を見る度、
彼との距離を思い知らされるようで、
酷く切なかった。
          
でも、これからは。
          
東の国の暁に、二人の想いと朝日を重ねて
二人で眺めた暁を思い出して、幸せを噛みしめられる
二つの空に昇る朝日のように、愛しさは同じなのだと
繋いでいる手と同じように、心も繋がっているのだと
          
          
遥か遠い西国の朝日を――東の海に揺れる薔薇に透かして――
            
              
             

表氾陽初書き&氾陽同盟開設にあたっての寄稿品。
氾陽萌えポイントその1・「究極の遠距離恋愛」編でございますv
この写真は夏に大阪から帰るフェリーの船上で撮影した、お気に入りの一枚ですv
photo by Reiko
         
         
Another World INDEXHOME十二国記NOVEL
          
          
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送