陽だまりの花
            
            
             
 玄英宮に滞在中の陽子の正寝に、
「陽子」
 と、ひょっこり六太が顔を出したのは、ある春の日の午後のこと。
「六太君!」
 書から顔を上げるや、花のような笑顔を浮かべて駆け寄ってきた陽子を見上げて、六太が言った。
「下もいい天気だぞ。こんな日に篭ってるなんて勿体無い。とびっきりの場所で『でーと』しようぜ」
        
 厨房で作ってもらった弁当を手に、陽子を鞍に座らせて六太は鞍の後ろに跨って――という格好でとらの背に二人乗りをし、六太曰くの『とびっきりの場所』に向った。
         
「ねえ、六太君。どこに行くの?」
「んー、内緒。すぐ近くだよ」
        
       
 とらは、関弓の外れにある山のあたりで速度を落とした。
高度を下げると、小さな塊に見えた森の木々がはっきりと見えるようになる。心地よい春の風に乗り、森の上を掠めるようにして抜けると、陽光に煌く小川が見えてきた。
「ほら、陽子、あそこ!」
 六太の指差す先には、一面の黄色い絨毯。
「花畑・・・?こんなところに」
 花畑の側に音もなく舞い降りた趨虞からひらりと下り、陽子は明るい声をあげた。
      
「わあ、凄い!菜の花が、こんなにたくさん・・・・・・」
「気に入った?」
「うん、初めて見た!ありがとう、六太君」
 都会育ちの陽子が素直に喜ぶ姿をみて、六太も嬉しそうに笑う。
「陽子が来る前に、部屋に飾っておこうかとも思ったんだけど、ここに連れて来た方が喜ぶだろうと思って」
 陽子は花に埋もれるようにしゃがみ込んで、輝くような笑顔で六太を振り返った。
「ええ。花は、自然のままで咲いてるのが一番綺麗だから」
「そう言ってくれると思った」
 ありのままが一番だと考える少女が愛しい。
「喜んでくれて、良かった」
 六太は、紅の髪の少女に寄り添うようにしゃがみ込んだ。    
       
 のんびりと昼食と菓子を楽しみ、肩寄せあって御喋りをしていた時、
ふと六太の方を見て、陽子がくすくす笑いながら言った。
「この中でかくれんぼしたら、六太君が有利だね」
「え?」
「柔らかくて明るい黄色で、六太君の鬣に似てるでしょう?」
 そう言って、六太の鬣を手に取ると黄色い花にそっとあてる。
小さな花と鬣は、六太の目にも良く似た色に見えた。
「そういえば、そうかも」
 六太の答えに、陽子が目を細めた。
「蓬莱では、この花がこうして川縁に広がると、春が来て暖かくなるんだ」
 言葉や声音からも陽子がこの花を好いていることが伝わってきて、好きな花に似ていると言われるのは、何だか嬉しかった。
「だから、春を告げる花なの。そういう処も、六太君に似てるね」
「え?」
 にっこり笑う陽子に、不思議そうに首を傾げる。
「六太君といると、元気が出るから」
        
 陽子の言葉に、六太は真っ赤になって俯いた。
照れ隠しに下を向いたままで、
「えへへ」
 と笑って、それでも嬉しくてしょうがなくて、地面に寝転ぶ。
陽子も隣に寝転がってきて、
「ふふ」
と嬉しそうに笑った。
       
        
 二人手を繋いで、空を見上げる。
黄色い透かし織のような花の向こうは、蒼く澄んだ春の空。
「すっかり春だなあ」
「もう直ぐ田植えだね・・・・・・」
 深い響きを孕んだ陽子の声を聞いて、きゅっと握る手に力を込めた。
「陽子も皆も頑張ってるんだから、今年も豊作だよ。去年よりも、ずっといっぱい収獲できるって」
「うん・・・・・・そうだね」
 陽子は安心したように呟いたが、それでも六太は繰り返した。
「大丈夫。陽子も慶も大丈夫だから」
        
 何度か繰り返し言い聞かせているうちに、六太の手の温もりと陽光の暖かさに安心したのか、陽子の体が緊張を解いたのが伝わってきた。
            
 視界を埋める黄色い花が、そよ風に揺れて小さな音楽を奏でる。
 つい先ごろ冬氷が漸く溶けた小川の水音が優しく響き、
 おひさまに温められた土の褥は柔らかく、健やかな匂いがする。
          
 春の音は、どれも微かで優しくて、
 声をたてるとかき消されてしまう気がして、
 二人黙って、花と空を見上げていた。
         
 やがて小さな寝息が聞こえはじめ、陽子を見遣ると、安らかな顔で眠っている。
陽子を包むようにさわさわと揺れる、優しい黄色の花。
綺麗であどけない寝顔に見惚れているうちに、六太もいつの間にか眠り込んでしまった。
        
        
       
 六太が目を覚ますと、既にあたりは真っ暗で、
「あちゃあ、朱衡達に怒られるかな・・・」
 と頭を掻いた。いくら使令がいるといっても、暗くなるまで連れまわしたのでは官達も心配しているに違いない。
 ここは素直に謝るか、と説教される自分を思い浮かべながら溜息をつき、暗闇の中の直ぐ近くに燈る明かりに気がついた。
いや、それは本物の灯りではなく――
「尚隆」
       
 彼の主が、たまに凭れて佇んでいた。
「おう、起きたか」
 暢気な声に、六太は物好きな奴だと苦笑した。
「起してくれれば良かったのに」
「なに、お前らがあまりに清らかだったのでな、触れるのを躊躇ったのだ」
 思いがけない言葉に六太が目をぱちくりさせると、尚隆はまるでその様がまるで見えていたかのように冗談めかして笑ってみせた。
「というのは冗談だがな。外で昼寝するのも、たまには良かろうよ。――帰るか?」
「うん」
 六太の答えに、尚隆が陽子に歩み寄る。
眠ったままの陽子を起さないようそっと抱き上げて運ぶと、とらに静かに乗せてやる。その様子を六太は黙って見ていた。
       
 陽子を軽々と抱き上げられる尚隆が、羨ましくないといえば嘘になる。
 でも――
       
 六太はひらりととらの背に飛び乗ると、鞍上の椅子に座った陽子の脇に、横座りに座り込んだ。
支えてくれていた尚隆の手から
「ありがと」
 と華奢な体を受け取り、小さな頭を自分の肩に凭せ掛ける。そして、自分は肘掛に凭れ、陽子が落ちないようにしっかりと肩を抱きしめて、とらに声をかけた。
「とら、静かに飛んでくれな」
 とらが長い尾を振って、了解、の意を示す。
よく眠っている陽子の寝顔を、六太は微笑んで覗き込んだ。
        
 隣に座っていたたまの上から、
「ふむ、そういう体勢もいいな」
 という小さな呟きが聞こえた。
「このワザは、でかいお前には無理だ」
 おどけて言ってやった六太の言葉には、
「まあな」
 苦笑交じりの答えが返ってきた。
       
        
       
 その夜、案の定朱衡たちからがっちり叱られ、疲れ果てた六太が陽子の堂室に行くと、陽子は眠ったままだった。
何となく立ち去りがたくて、臥牀の脇に佇んで頬杖をつき、陽子の寝顔を見つめる。
                
 見かけは自分と大して変わらず、自分より遥かに年下なのに、主を同じ責任を笑顔で担う少女。
 今は、子供のように無邪気な顔で眠っている。
         
「ん・・・・・・」
 小さく呟いてこしこし、と瞼を擦る愛らしい仕草を見て、六太は意を決したように陽子の隣にもぐりこんだ。
      
 陽だまり色の花が咲く、あの野原でしたように、
細い手を優しく握って、宙を見上げる。
反対側の手で鬣をつまんで、目の前で揺らした。
        
「春を告げる花、か――」
       
 この小さな体でも、彼女を包むことが出来る。
花には太陽が必要なように、陽子の心にも栄養が必要で。
自分の笑顔が陽子の太陽になれるなら、
あの花のように、心を明るくしてやることは出来るんだ。
それは陽子にとって、とても大切で嬉しいことだと、
彼女の笑顔が伝えてくれる。
          
 だから自分は、彼女の傍らに堂々と立てる。
自分に出来ることをやればいいんだと、そう思える。
      
        
               
「おやすみ、陽子」
 安らかな顔で眠る少女に、愛しさを滲ませて告げた。
    
 瞼を閉じると闇の向こうに、
鬣によく似た色の、一面の花が広がる。
視界いっぱいの菜の花と、よく晴れた蒼い空。
そして、大好きな笑顔と優しい言葉。
       
        
         
 これから先、
自分の鬣をふと見る度に、思い出すだろう。
        
   陽だまり色の花を背に、微笑んでいた陽子。
   瞳が、鮮やかな夏の葉の色に輝いていた。
        
   視界いっぱいの風に揺れる鬣の色をした花の中で、
    土の香りに包まれて子どものように無邪気に眠る、
    六太の大切な大切な、紅い花。
           
    鮮やかな色の、幸せな記憶――。
          
           
             
             

「千秋万古」さま5万HITのお祝いに押し付けたもの。
ほんわかな千里さん宅にあわせた、私的に精一杯清らかな(笑)初・六陽でしたv
真っ白♪とはいえ、さり気に六ちゃん同衾しとりますけどね・・・。でもそれだけ(笑)
だって六陽って、いざ、って時になっても
        
「・・・陽子、この先どうするか知ってる?」
「・・・おおよそは・・・でも、私もよく知らないんです・・・」
 しばし沈黙。
「・・・まず、服脱ぐのが最初ですよね・・・」
「・・・今日はやめとこう。今度までに尚隆に聞いておくよ」
 で、二人並んで”おやすみなさい”。
              
とか、やってそうなんですもん(酷)。
何はともあれ、六陽、掛け算でなくとも”兄妹であり姉弟でもあり”って雰囲気で、とても好きな組合せです。
脳内BGMは「世界でひとつの花」と「サボテンの花」でしたv
         
         
Another World INDEXHOME十二国記NOVEL
          
          
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送