ごめんね。
        
「ごめんなさい。来月の休暇・・・・・・取れなくなっちゃった・・・・・・」
発端は、陽子がしょんぼりしながら告げたひと言だった。
     
       
 暖かな陽光を受けて煌く川のほとり。
長身の見目良い男女が、結構な速度でずんずん歩いていた。
「あの・・・ごめんなさい」
「仕事なんだから、仕方がない」
 謝る少女に、ぶっきらぼうに返す男。少女はとにかく事情だけでも説明せねばと、早足で追いかけながら言葉を続けた。
「日程をずらしていただけないかって、お願いしてみたんだけど。皆さんお忙しい方達だから、やっぱり駄目で・・・・・・」
いつもなら、慶国の面々が女王の休暇を奪うことなど無いのだが、今回は、かねてより協議を重ねていた新薬の流通と共同開発の件で、宗王夫妻と宗台輔、英清君、文公主が揃ってやって来るのだ。それぞれ多忙な5人が調整を重ねて漸くやりくりした日程。他の日取りを確保するのは、とても不可能だった。
     
      
 陽子が背に追い縋れる程度の速さで、前を睨みつけつつ歩み続ける尚隆。
話を聞いてくれているのは感じ取れるのだが、ひと言も発してくれない。
目の奥がじわりと潤みだすのを感じながら、ぽつりと呟いた。
「怒ったよね、ごめん・・・」
「怒ってない」
 という口調が既に、怒って――いや、拗ねている。
本人は陽子に見透かされていることに気づいてないようだが、これでは丸わかりというものだ。
        
 陽子は困って、がっしりとした腕にしがみついた。
「ごめんなさい。尚隆が、せっかく色々考えてくれてたのに。本当に、ごめんなさい」
 尚隆が本当に怒っているのなら陽子も怒り返せるのだが、でかい図体のいい歳した男に『怒っているふりをして、その実こっそり拗ねている』声音を出されると、謝ることしか出来ない。
「お前が悪い訳じゃない」
「でも」
 袖を握る手にきゅっと力が込められて、陽子の事情も心情もよく判っている尚隆の胸に、少しだけ罪悪感がよぎる。だが、それでも口から出た言葉の調子は、低いままだった。
「国を優先させるというのは、二人で決めたことだからな」
「・・・ごめんなさい・・・」
 半泣きになった陽子の頭を撫でながらも、振り向かずに歩いていく。
         
 尚隆とて、陽子を泣かせたい訳ではない。
 この忙しい時期にようやく取った、僅か3日間の休暇。陽子がその日をとても楽しみにしていたことも、中止を残念がっているのも判っている。
 だが、尚隆の期待がものすごーく大きく、なまじ陽子を楽しませようと色々と趣向を考えていたが為に悔しさが勝って、ちょっと拗ねてみたかっただけなのだ。実に子どもじみている、と思いつつも。
       
       
 尚隆に半ば引きずられるように歩きながら、陽子が懸命に言い募る。
「あの、あの、代わりにはならないけど、その後で一段落したら1週間休暇もらえることになったから」
――その言葉に、尚隆の歩みがぴたりと止まった。
       
     
      
「2週間」
    
   
「え?」
「慶国へ、今回の陳謝代わりに、女王に2週間の休暇を与えることを要請する」
      
     
 尚隆が、漸く陽子を振り向いた。
「――女王様のご意見は、如何かな?」
 ほっとして見上げた顔は、悪戯っぽく微笑んでいる。陽子もさも女王らしく悠然と微笑み返し、澄まして言った。
「それは交渉次第、ですね」
 陽子の返事に頷いて、大国の王らしく重厚に告げる。
「景女王は交渉上手でいらっしゃるからな。善処を期待しているぞ」
「承知致しました」
 二人で顔を見合わせ、声をあげて笑った。
     
       
 陽子がうーん、と大きく伸びをして、元気よく歩き出す。
「じゃあ、尚更頑張って働かなきゃ」
「頑張るといっても、あまり無理するなよ?倒れたりしたら大変だ」
「ええ」
「・・・・・・と言って無理するのが、陽子なんだがな・・・」
 苦笑した尚隆に、振り向いた陽子が照れ臭そうに笑った。
「――終わるまでは、貴方に会いに来れないね・・・・・・」
 寂しそうに俯く陽子の肩を、優しく抱く。
「仕方ないさ」
 今度の『仕方ない』は『わかっているから、気にするな』と聞こえた。
       
 ぽんぽんと細い肩を優しく叩いて、陽子の気を引きたてようと明るい調子で言う。
「休暇になったら、二人でどこか旅行にでも行こう。いい所を俺が探しておくから」
「尚隆はいいところを色々知ってるから、楽しみだな」
 嬉しそうに笑った陽子に、
「おお。任せておけ。伊達に五百年も遊んでた訳ではないからな」
 自信たっぷりに請合ってみせる。
丁度辿り着いた大きな木の根元に陽子の体ごと座り込み、華奢な体をしっかり懐に抱きこんだ。
「そうだなあ、休養なら暖かいところがいいか。景色が良くて食い物がうまくて。おお、いい風呂というのも大事だな」
 満面の笑顔で列挙する尚隆を、陽子が幸せそうに見上げる。
      
      
 紅の髪を掻きあげ額を寄せると、穏やかな声で言った。
「――さっきはすまなかったな。休めなくなって一番がっかりしたのは、お前の筈なのに」
「ううん、こっちこそ。本当にごめんなさい」
 心底申し訳なさそうに謝る陽子を、大らかに笑って抱き締めた。
「いいさ。その分、後で長く一緒にいられるからな」
「うん。楽しみだな」
 陽子が無垢な笑顔でにこっと笑う。
「俺もだ」
 微笑みあって、触れるような軽い口づけを交わす。
どっしりとした幹に凭れて、降り注ぐ木漏れ日と青く澄んだ空を、二人で晴れやかに見上げた。
       
        

すすすすみません、遅くなったうえにこんなことに!
オトナな尚隆どころかオヤジなコドモです!

さらに何でしょうこの、頭悪いタイトルは
tataさま、重ね重ね申し訳ない(溜息)。今後とも宜しくお願いします!

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