夢見る佳人
――Beautiful Dreamer――
※タイトルをクリックすると音楽が流れます。
        
          
         
 冷たい夜気に頬を撫でられ、尚隆はふと目を開けた。
             
 視線を動かすと、隣で眠る少女の美しい寝顔が間近に見える。
 いつも張り詰めている少女へ安らかな寝顔を与えてやれる自分に、どこか誇らしさを感じながら、起さないようゆっくりと身を起す。
出来る限り静かに夜着を取ると、簡単に羽織って臥牀をそっと抜け出した。
           
 次の間に足を踏み入れると、月光が静かな堂室を照らしている。
 尚隆は、堂室の入口に凭れて、暫く大きな丸い月を見つめていた。
身を起こし、卓に歩み寄ると、心地よい疲れを愉しみながら水差しを取り上げて、本当は酒が良いのだが、などと呟きながら、自分で湯飲みに水を注ぐ。
 よく冷えた水を一気に呑み干した時、ふと、背後に気配を感じて振り返り――そして、固まった。
          
        
     
        
 臥室へ続く入り口に、陽子が立っていた。
 ――全裸で。
         
       
       
 棒を飲んだような表情で立ち尽くし、食い入るように見つめる尚隆とは対照的に、陽子はどこまでも穏やかに佇んでいる。
 寝乱れた長い髪が風をはらんで柔らかに広がり、細い肩を優しく包んでいた。露台から差し込む月光を浴びて輝く、しなやかな白い肢体は、情事の後の夢路をたゆたう気だるげな風情を纏う。陽子は、尚隆の視線に気づいたのか、夢見るような瞳でこちらを見つめ返してきた。
「よ、陽子・・・?」
 尚隆が、どうしても目がいってしまう緋色の叢から懸命に目を逸らしながら、掠れた声で問う。
「おさけ・・・」
「酒?」
 緩やかな動作で小首を傾げた拍子にさらりと流れた絹糸の髪が、形の良い胸に落ちかかり、淡い雲が月を隠すかのように片方の可愛い蕾を隠してしまう。柔らかな髪と肌に、月光の欠片が星のように舞い降りて煌いた。
思いがけない言葉に目を瞬かせる尚隆に、陽子がとろりとした声音で囁いた。
「おかわり、要るでしょう・・・?」
 どうやら、二人で酒を酌み交わす夢でも見ていたらしいが・・・。
    
        
 胸が隠れたのを残念に思う間もなく、甘えるような声音の囁きと仕草のあまりの愛らしさに、治まっていた疼きと熱が蘇りはじめる。尚隆の狼狽など意に介さず、陽子は夢と現を彷徨う陶然とした表情のままで言葉を継いだ。
「貴方の好きな、お酒・・・桓堆が・・・買ってきて、くれて・・・」
「いや、あの・・・」
 返す言葉に詰まることなど、陽子の前以外では有り得ない。
「もう十分、飲んだから」
折角の誘いだというのに情けない、と思いつつも、何故かそう答えてしまう。
 今の自分を周囲の者に見られたら、数百年はからかわれるだろう。
           
         
「・・・そう・・・?」
 いつもは『百花の王』と称えられる鮮やかで華やかな微笑を浮かべる美貌が、今は、淡い色を纏う優しい姿の花が開くように、ふんわりと微笑みかける。
 肢体を包む月光と相まって、常とは違う夢幻のような美しさを漂わせる愛しい佳人。触れると月の光に溶けてしまいそうな気がして、抱きしめるのも何やら憚られ、尚隆はいつもの余裕は何処へやら、年甲斐もなく狼狽えた。
「陽子・・・俺の事は良いから、臥牀で休んでいろ。な?疲れてるだろう?」
 これ以上刺激されても、どうしていいやら判らない。
「ええ・・・ありがと・・・」
 蕩けそうに幸せな笑顔に、尚隆の脈動は、最早抑えようもなく激しくなる。
熱を持った身体をかろうじて抑える尚隆をよそに、陽子は、笑顔のままで静かに目を伏せ、そのまま桟に凭れてぺたんと座り込んでしまった。
             
「あ、おい、そこじゃない。風邪引くから、臥牀に・・・」
 尚隆が近づいて、華奢な肩に手をかけると、
「・・・ふふ・・・私のベッドは・・・これ・・・」
 無意識のくせに強力な殺し文句を甘く囁きながら、胸に絡みつくように抱きついてくる。
だが、尚隆の鼓動と昂ぶりを跳ね上がらせておきながら、本人は無邪気な顔して眠ったままで。
尚隆は、大きく深く溜息をついて、陽子を抱えたまま座り込んだ。
          
          
        
 細い身体を足で挟み、胸の中にしっかり抱くと、夜着を広げて包み込む。
素肌の滑らかな感触と甘い匂いが愛しい。先ほどから熱く膨れて張り詰めている昂ぶりを華奢な腰に擦りつけたが、目覚める気配は全くない。
髪を掻きあげ、柔らかな耳たぶを食みながら、
「俺が今『おかわり』したいのは、酒ではなくてお前の露なんだが・・・?」
 精一杯艶めいて囁いてみても、陽子は依然、夢の中だ。
          
あまりにあどけない寝顔に、苦笑した。
           
 小さな頭を肩に凭せかけると、子守唄代わりに、いつか陽子が蓬莱の愛だと聴かせてくれた歌を――歌詞は聞き取れなかったので、旋律だけ歌ってやる。広く温かい胸と優しい歌声に包まれて、陽子は、これ以上ない程幸せそうな笑顔を浮かべて眠っていた。
         
            
            
 何度か繰り返して歌った後、陽子を抱き上げ、臥室に静かに運ぶ。
起こさないよう、そうっと臥牀に宝物を降ろして隣に横たわると、眠る女王の額に甘い接吻を贈った。
 普段は凛と引き締まっている唇がふっくらと幸せそうに微笑み、尚隆の口づけを誘う。
       
       
 だが。
 蓬莱では、眠り姫は接吻で起こすものらしいが、陽子は女王だ。
 意識のない間に唇を盗むなど、そんな不敬な真似は出来ない。
        
          
 女王の手の甲に忠誠の誓いを奉げる騎士のような気分で、肌に花びらを刻む。
「ん・・・」
 陽子が、くすぐったそうに身を捩った。
唇を落とす度に、ぴくりと震えるしなやかな肢体。唇を押しつける強さと、陽子の声と腰の蠢きとが連動する。軽く吸えば、微かに。強く吸えば、大きく跳ねて。陽子の反応を見ながら、強さと場所を様々に変え、次々と花を散らす。
          
 眠る女王の白い肢体が、鮮やかな紅い花で彩られていく。
それはまるで陽子から聞いた御伽噺のように美しく、それでいて、抗い難い熱さをもたらす淫らな光景。
 敏感な箇所に口づけると、紅く濡れた唇から、微かな喘ぎ声が漏れはじめる。
 ――陽子は、未だ目覚めない。
       
     
     
       
 陽子が起きるのが早いか、
 理性の糸が切れるのが早いか。
     
   
      
         
 尚隆は、危うい綱渡りを楽しみながら、紅の花を咲かせ続けた。
        
          

banquete様への貢物。初物がこんなキワキワでごめんなさい、めれーなさん。お馴染みフォスターの名曲からタイトル拝借しましたが、歌詞がまさにピッタリなんです(笑)!いつもごめんね尚隆。この扱いは、拷問か苛めに近いかも?(爆)
       
         
created by melena_sama
music by Bun-V_sama
         
         
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