歩み
        
             
 冷たく強い、風が吹いた。
 冬小麦の葉が、音をたてて揺れる。
         
        
 前から吹きつけてくる霙混じりの冷たい風に、大切な女王に風邪を引かせてはと周りの者がおたおたするなか、女王は背筋を伸ばして颯爽と歩く。
畑の側まで行くとくるりと振り向き、
「今年の出来は、どんな感じなのだろうか」
 寒さなど全く感じさせない穏やかな声音で、里の長老に語りかけた。長老が慌ててすっとんで行き、汗をかきながら説明する。
「は、はい・・・今年は天候がちょうど良い具合でしたので、質もよく、収穫量も十分だと皆が言っております」
「そう。よかった」
 孫娘のような年頃の女王の暖かな笑顔に、長老も顔を綻ばせた。まるで、女王の周りの陽だまりに、彼もまた包まれているかのように。
「春先には、綺麗な金色の絨毯が見られるでしょう」
「そう?じゃあ、その頃また来なくっちゃ」
 女王が快活に答える。
「土が大分落ち着いてきましたので、米麦ばかりでなく、野菜類も栽培できるだろうということで、来年から数種類野菜を植えてみようかと、話しております」
「それは来年が楽しみだね。このあたりだと何を植えるの?」
 儀礼とは明らかに違う熱心な少女の様子に、長老も丁寧に答えを返す。
「このあたりですと、栽培期間の短いものか寒さに強いもので、かつ土があまり肥沃でなくとも育つものになりますして、今のところ、南瓜に大根、とうもろこしや・・・」
「大根やとうもろこしなら、いざって時は主食の代わりにもなるね」
 冷たい風のなかで、浩瀚や小臣たちに見守られて、女王と長老は来年やもっと先に植える作物の話、穏やかだった今年の天候の話、土や水の話を、楽しげに語り合っていた。
            
           
          
 里家に落ち着いて温められた部屋に入った途端、浩瀚は女王が座る榻の脇に火鉢を動かし、自分の外套を脱いで女王を厳重にくるみこんだ。
「こんなことして、浩瀚は寒くないのか?」
「私は大丈夫です」
 温かい羹を手渡すときに氷のように冷え切った細い指に触れ、浩瀚は形の良い眉を心配げに顰めた。
「ああ、やはり随分冷えておられます。暖かくなさらないと・・・」
「ありがと」
 にこっと浩瀚に笑いかけた笑顔に、先程の寒風を苦にしない快活な笑顔が思い起こされる。手を温めながらゆっくりと椀を啜る少女に、
「主上は寒さにお強くていらっしゃいますが、北国でお育ちだったのですか?」
 そう訊ねると、
「え?うちは蓬莱のなかじゃ平均的な地方だったと思うよ。寒さに強いっていうか――ほら、私は慶の鑑だから」
 思いがけない答えが返ってきた。
         
「慶の鑑、ですか?」
「蓬莱では、『子は親の鑑』といったんだ。私の子どもは慶だろう?」
    
 そう。
 荒れた大地に生まれた我が子を健やかに育てるために、女王がどれほどの努力を払っているか。我が子をどれほど慈しんでいるか。――常に傍にいる自分は、よく知っている。それが例え僅かなことでも、我が子の成長をまるで自分のことのように喜ぶことも。
「だから、私が縮こまると国まで縮こまってしまうんじゃないかと思って。だから、いつも背筋を伸ばすようにしてるんだ。風なんかに負けないぞって」
 どこまでも前向きで己を律することを忘れない、この少女らしい言葉だと思った。
「背を丸めて歩くと、気分まで凍える気がしない?背筋を伸ばしてしっかり歩くとさ、寒さも平気になる気がするんだ。その方が、見た目も気持ちいいしね」
      
      
 浩瀚は、先程の光景を思い返した。
女王の歩みは力強く、彼女につられて周りの者も自然と背筋を伸ばして歩いていた。
太陽を中心に北風の中颯爽と歩くその姿は、里の者たちにも力強いものと映ったに違いない。
          
「まだまだ厳しい時が続くけど、前を向いて背筋伸ばして、しっかり歩き続けなきゃね」
「そうですね。それに慶に吹く風は寒風ばかりではございません」
 慶には、内からも外からも、暖かな風が吹いている。
活気を取り戻してきた民たちの顔。そして、延、奏、範――伸びやかな若木の成長を楽しみにしているかのような、他国の王達。こういう人だから、皆がこの方を助けたいと思うのだろう。
「そう遠くない将来、意識しなくとも伸びやかに歩ける季節になるでしょう」
         
         
 慶は少しずつ、だが確実に、未来へと進んでいる。
         
        
「失礼致します」
 緊張しきったか細い声がかけられ、里家の娘が羹の椀を運んできた。
「どうもありがとう」
 震える手から椀を受け取り、女王が暖かく微笑みかける。そして、椀を浩瀚に差し出した。
「はい、浩瀚の分。美味しいよ」
 羹より遥かに心を温めてくれる、無邪気な笑顔。
「私に、でございますか」
「うん。浩瀚は私と二人三脚で歩いていくんだから。まだまだ改革しないといけないこともいっぱいあるし、しっかり歩けるよう、力つけといてもらわないとね!」
「では、ありがたく」
 一礼して椀を受け取りながら、
寒風も柵もあっさり吹き飛ばす、女王の笑顔を微笑んで見つめた。
         
         
         
 太陽に導かれて進んでいく幼い国は、
 光溢れる楽園へと育つに違いない。
          
 誰も見たことのない、新しい楽園へ。
          
            
             

尚陽が「背中」だったから浩陽は「足」・・・安直人生です。なんか浩陽っぽくないですね・・・ごめんなさい。
浩陽で白い話が無かった(笑)ので、白閣下を目指してみました。真っ白なこの内容、意外に思われた方もいらっしゃるのではないかしら。ほほほ。たまーに(たまにかい!)こういう話も書きたくなるのです。色つき系配布物は、いずれの機会にて♪

         
         
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